70年代に吹き荒れた第二次/第三次怪獣ブーム。それは80年代中盤のゴジラ復活あたりまで続く事になり、仮面ライダーシリーズも第二期のスカイライダーとスーパー1が制作された。
75年の仮面ライダーストロンガー以降、4年間もの沈黙を破り登場した新ライダーは、なんと空飛ぶライダー〈スカイライダー〉だった。前五作の、大地をオートバイで駆け抜けるライダーのフォーマットに見慣れた世代からすれば、一見奇をてらう様なアイデアではあるが、タイトルは第一作と同様「仮面ライダー」。そのモチーフはイナゴであり、対する敵も「ネオショッカー」。第一作への原点回帰を念頭に置かれた正統派のライダーである事が如実に見て取れる。
続いて制作されたシリーズ第七作目の「仮面ライダースーパー1」は宇宙開発の為に作られたサイボーグという設定。スズメバチをモチーフとしたそのデザインは、今までの垂れ下がったオーバルのCアイとは相反する、つり上がった精悍な顔立ちを持つ。愛車もオンロード用、オフロード用と二台のマシンを使い分け、ファイブハンドと呼ばれる5種のアタッチメントパーツを換装する等、様々なアイデアが盛り込まれた意欲作だ。
その後ライダーシリーズは雑誌媒体に活躍の場を移し、10号ライダー、ZX(ゼクロス)を生んだ。ZXはお正月特番としてただ一回だけ映像化をしたが、シリーズとして制作される事は無く、87年の「仮面ライダーBLACK」より開始する第三期シリーズまで暫しの休息をとる事となる。
80年代の石ノ森ヒーロー番組は単発を含め全6作。70年代のヒーローインフレから比較すれば非常に地味な印象を受けるが、この頃石ノ森は変身ヒーローよりも児童向けのファンタジー作品に力を注いでいた。
子供向けドラマの項を参照すればわかる事だが、この時期は変身ヒーロー6作以外に13作もの子供向けドラマに携わっていたのだ。ロボット8ちゃんから始まるフジテレビの一連の子供ドラマシリーズが幕を開け、ちゅうかなぱいぱいからの不思議少女シリーズが開始したのもこの年代である。
その頃東映のヒーローものは戦隊シリーズと宇宙刑事シリーズのヒットに端を成すメタルヒーローシリーズにシフトし始めるが、あれほどの数のヒーローものを制作していた他社他局は、ブームの終焉と共に一斉に手をひく形となっている。制作されたのは大半が戦隊とメタルヒーロー。70年代の賑やかさに比べ、非常に寂しいタイトル数となった。
この頃は怪獣ブームも一段落し、別のブームが到来。放送局側も特撮ものに見切りをつけ、そちらの方に力を注ぎ始めていた。それがかの有名な「MANZAIブーム」である。伝説のお笑いバラエティ番組「オレたちひょうきん族」が放送開始したのもこの頃。70年代はどこのチャンネルをひねっても流れていたヒーロー番組が、一斉にお笑い番組にシフトしていった。石ノ森の作品がヒーローものから一転シュールコメディーものに流れていったのも時代を反映する当然の流れだったのかもしれない。世相風俗、流行とは実に面白いものである。
この頃特撮界では、戦隊やメタルヒーロー物で活躍するジャパンアクションクラブのアクター達が注目を集め、大葉健二や春田純一、黒崎輝、渡洋史、森永奈緒美などの人気スターを数多く輩出する事となる「JACブーム」が巻き起こっていた。普段特撮を見ない女性達をも巻き込んでのこのブームは、現在の戦隊や平成ライダー人気の元祖といえるかもしれない。
余談ではあるが、バトルフィーバーJのバトルケニアや宇宙刑事ギャバンの一条寺烈を演じた大葉健二氏は、キカイダーやアカレンジャー、そしてダイナブラック、ゴーグルブラック、巨獣特捜ジャスピオンのマッドギャランを演じた春田純一氏は、超神ビビューンのビビューンやジャッカー電撃隊・スペードエース等のスーツアクターとして、数多くの石森ヒーローの「中身」となって活躍した俳優さんである。スーツアクターとして出演した番組には、端役で顔出ししていたりもするので、気になるファンはビデオ等でチェックしてみるのも一興だろう。